<やってみた>40歳でも遅くない。やりたいことを見つけるために、私がやったこと(第四章)

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前回までは、『何者でもない迷走している自分』について書きました。
今回はそれを経て、
今につながる一歩を踏み出したきっかけについて。
たくさんの書籍や記事、
友人の言葉などもありましたが、
特に心に響いたのは『茅ヶ崎の竜さん』のブログです。

人生は死ぬまでつづくゲーム。今日は何して遊ぶー?
clockworkapple.me

 

私のお友達でもあり、
直接茅ヶ崎まで行って話したこともあります。
その時も、いろいろと自分のことを話しました。

 

自分が本当にやりたいことがわからないのはアタリマエ〜
clockworkapple.me

 

 

 

この竜さんのブログの中で、
こんな言葉が出てきます。

 

そしていちばん大事なのは、とにかくその「これかもしれない」を行動に移すことです。

ここが大きな壁です。

映画を見にいく。空手を始める。カフェでのんびりする。ネイルをはじめる。マンガばっかり読む。

なんでもいいから、やるしかないの。

仕事に結びつかないとか、こんなの夢じゃないとか、みっともないとか思わないで、やりたいと思ったら、やろーよー。

そんで実際にやってみて「これじゃなかった」と思ったら、すぐに次へいく。

「これじゃなかった」って気づけたら、そのぶん「本物の夢」に近づいたってことだよね。

それ続けてたら、いつかちゃんと辿り着くよね。

そんでそもそも、そうやって「自分が好きなこと」をやってみて、違ったらまた別なことに挑戦してって、もうそれこそが、幸せな人生じゃーん!

 

 

この言葉を見たとき、
一度昔聞いたことのがあるような気持ちになりました。

 

それは、
『夢をかなえるゾウ』の一節です。
私が、そもそも刺激を受け、
自分のやりたいことを見つけるんだー!!
と、思ったあの本の中にあった、

 

自分には向いているものがある。
このことついては諦めたらあかん。

 

の言葉。

一発で見つけなくていい、
これやりたい、好きだ!
と、思ったことをやる。
そして、それが違ったら、
また次のやりたいことをやる。
それを続ける。

諦めずに、続ける。

その毎日は、
竜さんが書かれているように、
『幸せな人生』
ではないでしょうか。

 

私は、
自分のやってきたことを振り返ってみました。

確かに私は『探して』いましたし、
実際に行動していました。
以前書いた通り、
いろんな勉強会、セミナー、簿記、カメラ、通訳学校…など、
学校に通ったり、いろんな場所でインプットし、
勉強していました。

 

ところが、

それは私が心の底からやりたかったか?

と、考えると、
『YES』と言えませんでした。

 

それは、

『これをやっていけば仕事になるかもしれない』

『勉強すれば起業できるかもしれない』

『実績をつけれれば、独立できるかもしれない』

『私も何者かになれるかもしれない』

 

というような考えが、
頭に浮かんでいたからです。
どこかで、
そのものをやることが楽しい、好きだ、
というよりも、
自分がやっていることが、
『起業』や『独立』に結び付く将来の姿ばかりを思い描き、
勝手に舞い上がっていたのです。

 

なぜ、起業したいのか?

なぜ、独立したいのか?

 

そこにしっかりと目的をもって頑張れるような粘り強さ、理由、
根拠は何一つありません。
ただの憧れ、なんとなくカッコイイ、という、
ただただ、本当に甘い考え。
自分の目的をもって日々を歩んでいる皆さんに本当に失礼で、
愚かでした。

 

 

さらに悪いのは、

自分がやりたいことを探しているはずなのに、
その当時、
私の本心、心の底では、

 

『誰かが、私に向いている唯一無二のことを教えてくれるかもしれない』

 

と、振り返ると、訳の分からない期待を抱いていたことです。

 

セミナーや勉強会、本を読んで、
人の話を聞いて、
いろんなところに出向いて、
探している、探していると自分に言い聞かせていた私は、

本当は、

『こうすればいいよ』

『こういうのが絶対向いているよ』

『絶対、こういうのやったらみんなに喜ばれるよ』
と、
どこかの誰かが教えてくれるかもしれない、
どこかに書いてあるかもしれない…

などと、考えていたのです。
この当時は分かりませんでしたが、
今思うと、こう思っていたのだろうと、わかります。

 

 

私は、
自分の人生を
誰かの判断に任せようとしていたのです。

 

 

 

竜さんのブログを読んでいく中で、
あぁ、もう止めよう、
と、心の底から思いました。

 

もう、かっこつけなくてもいい。
やりたくないなら勉強しなくていい。
セミナーいくとか読書するとか、
好きじゃないなら、
やりたくないならやらなくていい。

 

~するべき、~したほうがいい、
~するのが常識…

 

こういうのは全部捨てよう。一旦捨てよう。

 

そう決めました。

 

そして、それ以降、
徹底的に好きなことだけをやろうと試みました。

娯楽でも、快楽でも、
やりたいことだけをやってみたのです。

 

そうやって、思いっきり好きなことをやって、
やり続けていく先に、
何かが見えるのかもしれない。
諦めないで、
ずっと続けていこう。
そう思いました。

 

 

 

それ以降、

以前なら躊躇するような金額のランチやディナーを食べたり、
(例:久兵衛のお寿司)

行きたいと思っていたアーティストのライブのチケットをとり、
本人が歌うのを聞いて涙を流したり、
(例:Dreams Come True)

ずっと行きたかった場所へ旅行へ行って本物を目にして感動したり。
(例:パリのルーブル美術館で見たモナリザや、プラハでのオペラ鑑賞)

 

こうやって挙げてみれば、
それよりずっと前にやれることであり、
やってみればよかったことばかりです。

ところが、
その時はそういう娯楽的なやりたいこと、
一時的なやりたいことは、
二の次にしないといけないような気になっていました。

勉強している私は正しいことをしている、
学び続けている、探し続けている私は、
正しいことをしている。

そう思っていたんだろうな、
と今は、わかります。

私が大事にしていた正しさとは
一体だれに対する正しさだったのだろう。

 

 

そうやって、
私はやりたいことをたくさんやってみました。

今までなんとなく、
我慢していたこともやってみました。
食べたいものを食べ、
着たい服を着て、
その逆に、
やりたくないこと、行きたくないところには、
「NO」を言ってみることも始めました。

 

そうしていくことで、

やりたいことが見つかるわけではありません。

好きなことが仕事になるわけでもありません。

でも、
とても大きな変化がありました。

 

それは、『自分で自分を大切にしている』
という感覚を感じることができたことです。

自分の中から、

 

『あぁ、やっとわかってくれた』

 

という声が聞こえるような。

『そっちの方向じゃないよ』と、
体の中側からずっと教えてくれていた声を、
ようやく私が聞き取れたような気分でした。

 

自分の『いま』やりたいことに集中して、
一旦立ち止まることができた結果、
その時の自分を、
満たすことができたのだろうと感じます。

それは内側から少しずつじんわり溢れてくる何か。

 

そして、それが満たされたからこそ、
私は自分がずっとしまい込んできた夢に、
チャレンジすることができました。

 

この『満たされた』という気持ちがなければ、
私は次のステップを踏み出せなかったと思います。

 

続きはまた次回。
次で最終回です。

 

 

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