<やってみた>40歳でも遅くない。やりたいことを見つけるために、私がやったこと(第三章)

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さて、
前々回は私の考え方をかえてくれた本との出会い、
そして、
前回は、それでも結局行動に移せなかった私が出会った、
勝間塾に参加したことを書きました。

 

塾に約1年ほど在籍していると、
そこで得た知識、出会い、学びなど、
様々なことを生かし、
実際にMBAへ行く人、
起業する人、
自分で何かを企画してスタートさせる人、
本を出版する人など、
自分の方向性を決めて、
やりたいことを見つけ、
歩みを進める人が出てきました。

参加をし始めたころには気づかなかった、
自分のぬるま湯感。
そこに参加しているだけで、
自分の何かが『変わっている』と勘違いしていた私。
周りが、塾の輪から飛び出して、
新たな歩みを始めているのを見て、
正直とても焦りを感じました。

そして、
その焦りを勢いでかき消すように、

 

『そうだ、
ここで思い切って塾をやめて、
本当に何かをやりださなければ!
私も一歩を踏み出すのだ!!』

と、思いました。

 

当時、『何か』ができる気にだけなっていて、
結局何がしたいかも、
どこへ向かうかも分かっていなかったのですが、

 

『学ぶ、というところに居続けるのではなく、
そろそろ実際に何か自分から行動したい』

 

という、言葉だけを見ればもっともらしい、
正しそうな感じすらすることを言って、
私は塾を卒業しました。
実際に何か、なんて、何もわかっていないのに。

 

誤解のないように言うと、
私が実際に塾で教わった内容、
そして出会った友人、得た知識は、
本当ならば、
次のステップに進むために十分な、
基礎となり、
知力となり、
支えとなり、
後押しとなっていたのですが、

 

私自身が徹底してそれを得たいという動機、
目的意識が定まらないまま過ごしてきたことで、
せっかくの宝の山を無駄にしていたのです。

 

勝間塾を卒業したのが、2012年頃。
この頃facebookが一般的に浸透し始めたころだった、
ということもあり、
塾を離れても、友人とは引き続き、
変わらないペースで状況を知り、
連絡を取ったりすることもできました。

唯一、

私が塾で始め、
今も(なんとか)続いているのは、マラソンです。
ホノルルマラソンを走ることを夢見て、
1km走ることも信じられない、
と思っていた私が、塾の仲間と走る、
ということを始めたのが、2011年でした。
今でも、その仲間と作ったランニングクラブは、
facebookを通して今も、存続しています。
そして、皆と一緒に走ったおかげで、
2012年には無事、ホノルルマラソンに参加、完走しました。
しかも、一人ではなく、仲間と一緒に行ったホノルルマラソン。
今でも、大切な思い出です。

マラソンは私の一生の趣味になり、
大切な人生の一部ですが、
私にとっては、体力づくりの一環として、
『やりたいこと』ではあり、
これを生業にする、というものではありません。

 

 

そこから、私は本当に様々なことに手を出しました。

 

  • 勝間塾とは違う、勉強会のメンバーに属す(結局またインプットする側に戻る
  • 簿記三級を受けてみる(何のためかはわからないけど、受ける。なんとか合格。
  • ブログを始める(続かずやめる、始める、を繰り返す
  • フラッシュモブの会社をやりたいかも!と思う(が、思うだけで実際の行動は起こさなかった
  • 陶芸(すごく好き!と思ったけど、その後続かなかった
  • 友達にインタビュー(いろんな話を聞くことはとても楽しかったが、目的を明確に持てずに終わった
  • カメラ(一眼レフ)(とても楽しかったけど、自分の作品を磨く努力をしていなかった
  • カラオケ大会をやってみる(歌が好きだから。これはのちに違うことに繋がった気がします
  • 通訳学校に通ってみる(英語が話せるのでそれを職業にしたいと思ったのだけど、目的意識がはっきりしていないとできない
  • ツアーガイドを英語で作ろうとしてみる(こちらも案としてとても楽しいものだったけど、自分がそれに時間をちゃんと投入できず
  • 仲間とオンラインで情報を発信するグループを作ってみる(当初の目的のようにうまく進まず断念

 

これに加えて、
様々なセミナー、勉強会に参加、
自己啓発系、ビジネス書を読んだりもしています。

今思っても、
この時期は本当に迷走していました。

 

迷走している、と言いたくないので、
『何かちゃんとしたこと(読書・セミナー・勉強など)をやっている』

という状態を保ち続けていました。

そうすることで、少なからず、

『私は探しているんだ』
『私が行動していることは全部、意味があってやっている』

 

という風なことを人に言えるし、周りからも、
『いつも何かやって頑張っている』

と、実際に言われていたりもしました。

 

ただ、私は、何をやっても、
そこから自分が『何を得たい』のか、
どこへ向かっているのかは全くわからず、
次から次へ、手を出していただけでした。

 

なにをやっても、『~している風』であり、
『~している人』というしっかりしたものはありません。
そのコンプレックスがつい最近までありました。
それが最も顕著になるのは、
友人たちが、初対面の誰かに私を紹介するとき。

私の名前を相手の方に伝えてくれた後、
決まって言われる言葉は、

 

『で、えーっと。。。何やってるんだっけ?』

 

です。

 

私の会社は、
ある特定の分野では知っている方がいたとしても、
日本全国の人が知っているような、
いわゆる超有名企業、というわけではありません。

そのような場合、
『~で勤めている○○さん』という紹介の仕方もできず、
かと言って、
『~をしている』とか、『~で有名な』とか『著者の~』
というような、
私を表す具体的な言葉は、何も出てこないのです。

そう。

私はそこに居るけど、
中身は空っぽ、『形容できない人』だったのです。

 

こういうと、よく言われるのは、
『英語しゃべれるからいいじゃない』

です。

 

私は高校を卒業し約4年ほどアメリカへ留学し、
その後も英語を使う仕事をずっとしてきました。
英語を話せることで、
コミュニケーションをとる時に困らない、
海外の人とやり取りができるというのは、利点です。
でも、
私の中で『英語を話す』ということは、
ツールであり、あくまで、
やりたいことを支えるときに使えるものです。

プロの通訳、翻訳として生きていけるほど、
私の力はハイレベルなものでも、洗練されたものでもありません。
(プロの通訳・翻訳の勉強をしたと書きましたが、本当にすごい勉強力、瞬発力、想像力、そして、判断力や、
とてつもない英語力も当然のことながら、とてつもない日本語力が必要。)
なので、
私の場合は、これが自分を助けてくれる『ツール』ではあっても、
私を表すことにはなりません。

 

こうして、
私は英語というツールだけを持っていて、
でも、そのツールを使うときがわからず、
(実際の仕事以外で)ただただ、彷徨いつづけました。

 

広範囲に手を出していることが悪い、
という意味ではありません。

私の場合は、
ただ『なにもしていない』と思われたくないし、
思いたくない。
だから、目的もしっかりしないまま、
いろんなものに手を出していました。
『探しているのだ』と自分に言い聞かせていました。

 

本来、
失敗は成功のもと。

私は、失敗をすること、やめていくことが悪い、
とは全く思いません。

でも、それは、

『自分はどんな人生を送りたいのか』
『自分はどういう人でありたいのか』

という、自分の目的があってこそ。
目的があるからこそ、それを叶えるために、
その手段をどう変えようが、
その途中で失敗しようが、
それは大切な一歩あり、前進であり、
失敗でもありません。

 

私には目的がなかった。
これだけ彷徨っても、
見当たらなかった。

もっともらしいことだけ言う、
頭でっかちな人になってしまった。

 

それを変えるきっかけになったのは、友人の言葉がきっかけでした。
長くなってきたので、続きは次回書きます。

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