<やってみた>40歳でも遅くない。やりたいことを見つけるために、私がやったこと(第一章)

最近書くことといえば、
食べたものの記録ばかりで、
それはそれで、
私の人生で好きなことの一つ(食べること)なので良いのですが、
ちょっとは自分のことを書いてみる、
シリーズのようなブログを書いてみたくなりました。

本当はちゃんと章立てを最初に考えて、
何章くらいになるかの目途を付けたほうがいい気もするのですが、
そんな細かいことをしていると、
途端にそれが目的になり、『書く』ということがどんどん遠のきそうなので、
思い切って、そのまま書き始めてみようと思います。

おそらく、たくさんの人が、
『やりたいことを見つけたい』
『好きなことを仕事にしたい』

と、思っているのでは?と感じますし、
私もその一人ですし、
なので、ここ6年ほどは、
もがき苦しみ歩いてきました。

 

最近やっと、自分のやりたいことって、
これなのかもしれない、ということを見つけたのですが、
そこに至るまでになにをやってきたのか、
具体的に書いていこうと思います。

 

私は今、やりたいことってこれ。。?という入り口を見つけただけで、
それが商売になっていたり、
お金を稼いでいるわけではなく、
その入り口のドアを開けてみたら、
『あれ?なんとなくここ、居心地がいい。。かも!』

 

と感じるくらいになった、という状態ですので、
現在、日中はサラリーマンとして働いています。
最近転職をしたのですが、
その前の職場では、昼休みに散歩をしていると、
よくこの猫さんに会っていました。

 

そう、転職についても、
この後の章のどこかで触れたいと思います。

 

実は、

私は30歳までには何かを成す、
と決めていたので、25歳くらいから、
漠然とした焦りがずっとありました。

 

何かはわからないけど、何かを見つけなければ。
この問いの立て方で正しい答えが導かれるはずはなく、
ただ、『探す』ということを止めずにこれたことは、
間違いありません。
ただし、日々の仕事、友達と会うこと、
おいしいご飯を食べること、という日常の幸せに満足し、
一時期それを探すことを辞めた時期もありました。

 

私、結構頑張ってるから、
このままでもいいんじゃない?
と、今思えば、そう口には出していなくても、
そういうふうに心や頭では思っていました。
そして、それは本心ではなく、

『見つけるという作業から逃げたい。』

ということ、そして、

『私にはそんなものは見つからないのかもしれない』

という不安があったからだと言えます。

 

そんな私を変えたきっかけの最初は、

『夢をかなえるゾウ』という本です。

 

 

その中の主人公は、
私と同じように、自分のやりたいことがわからず、
日々に流されいるのですが、
ある日、『ガネーシャ』という関西弁のインドの象の神様がやってきて、
その主人公がやりたいことを見つけるための課題を、
1つずつ出していく、という本です。

その中の一節で、ガネーシャと主人公がこのような会話をします。

 

「一つだけ、絶対にあきらめたらあかんことがある」

「それは何ですか?」

「『自分』や。自分には才能がある、自分にしかできない仕事がある、そのことに関してはあきらめたらあかん。
見つかるまでそれを探し続けなあかん。自分自身に対してはあきらめたらあかん」

 

この部分が、その時の自分に当てはまっていて、
読んだ瞬間に涙を流していたことを思い出します。

諦めた、と言いたいわけじゃないけれど、
見つからないのが怖い。
いや、いっそ、『諦めた』と言ってしまったほうが楽でした。

 

『そんなさ、みんながみんな、やりたいことなんて見つらないよね』

 

と、週末にお酒を飲みながら話しているほうが、
楽だったのです。
傷つかなくていいし、
不安にならなくていいし。

『やりたいことを見つけよう』は、
当時の私では、理解の範疇を超えていて、
喉から手が出るほどほしいけど、
その方法は全く分からずのまま。

 

だけど、ガネーシャが、

『自分には才能がある。自分にしかできない仕事がある』から、
そのことを諦めず、見つかるまで探し続けろ、と言っていたことで、
もう一度、必死に探してみようと、思い始めていたところでした。

 

ところが、
盛り上がったのは読書後数日。
結局何も変化が起こせぬまま、
日々が過ぎていき、また日常がやってきて、
その生活に流され、忙しくしていた時、でした。

 

3月11日。
東日本大震災。

 

そこで、きっと多くの人が、
『自分の過ごしていた日常』が、日常じゃないこと。

そして、一体何のために『生きて』いるのか。
果たして、このままでいいのか。

という問いを自分に投げかけたのではないでしょうか。
私もその一人です。

そこから、私の約6年ほどにわたる右往左往が始まります。
長くなってきたので、続きは、次回。